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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)113号 判決

東京都港区高輪二丁目一番五八号第二高輪ハウス七〇四号室

原告

本原和満

右同所

本原幸

右両名訴訟代理人弁護士

鍵尾丞治

東京都港区芝五丁目八番一号

被告

芝税務署長

右指定代理人

竹内康尋

小川修

小野政一

大西亨

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  (原告本原和満)

被告が原告本原和満の昭和四九年分所得税について昭和五〇年八月三〇日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  (原告本原幸)

被告が原告本原幸の昭和四九年分所得税について昭和五〇年八月三〇日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文と同旨の判決

第二、原告らの請求の原因

一、原告らの昭和四九年分所得税について、原告らのした各確定申告、これに対して被告のした各更正(以下「本件各更正」という。)及び各過少申告加算税賦課決定(以下「本件各決定」という。)の経緯は、別表記載のとおりである。

二、しかしながら、被告が本件各更正において、原告らの所得につき、所得税法(昭和五〇年法律第一三号による改正前のもの。以下単に「法」という。)第九六条ないし第一〇一条の規定を適用して、いわゆる資産所得の合算課税を行つたのは、以下に述べる理由により違法であり、右各更正を前提としてされた本件各決定も違法であるから、原告らは本件各更正及び各決定の取消しを求める。

1  法第九六条ないし第一〇一条は、次に述べるとおり憲法第一三条、第一四条、第二四条、第二九条、第三〇条及び第八四条に違反するから、本件各更正は違法である。

(一) 憲法第一三条及び第二九条違反について

資産所得合算課税制度は、個人課税の原則に反し、旧い「家」の制度へ逆行するものであり、また同制度は、所得税の累進課税制を回避するため、家族の名前を利用して脱税を図るのが常態であるという、いわば人間性悪説の立場を前提として初めて理解できるものであつて、正当に申告、納税しようとする納税者の良識を否定するものである。したがつて、同制度は、個人の尊厳と人間の平等を規定する憲法の精神に反するものである。

財産関係諸法等に基づき正当な固有財産として資産を取得した個人に対して、計算上の問題にせよ、一方の所得を否定してこれを他方の所得とみなし、累進的に高額の税を課するのは、個々人の個別的財産権を保障する憲法第一三条及び第二九条に違反し許されない。

本件においては、資産所得の合算課税制度に従つて更正がされた結果、原告本原和満の還付金の額に相当する税額が五万〇、五〇九円減ずることとなるが、これは偶々同人の妻たる原告本原幸に資産所得があつたことによるものであり、法律上は他人である者の所得の影響により、自己の財産から税金の出捐を余儀なくされる結果となるから、憲法第二九条に違反するものである。

(二) 憲法第一四条違反について

憲法第一四条は社会的身分により経済的関係において差別することを禁止している。したがつて、合理的理由のない限り、一定の身分者の存在により一定の所得の種類についてのみ税額の計算に差別を設けて、他と不平等な取扱いをする法律は許されない。ところが、法第九六条ないし一〇一条は、生計を一にする夫や妻等の一定の身分者が存在する場合につき、画一的かつ普遍的にその資産所得を主たる所得者の総所得に合算させて累進的に高額な所得税を課している。一定の身分者の存在が何故に高額課税の合理的理由となるか。資産所得に限つて何故に高額課税の合理的理由となるのか。右の不平等を許容するだけの個人主義的、民主主義的理念に照らした合理的理由はない。したがつて法第九六条ないし第一〇一条は憲法第一四条に違反する。

(三) 憲法第二四条違反について

資産所得合算課税制度は、本件原告らの如く「生計を一にする」夫婦等に限つて適用されるのであり、同じ一組の夫婦でも「生計を一にする」か否かによつて合算課税か個別課税かの差別がされることとなるから、夫婦は右要件に該当しないように企てるであろう。このことは個人・夫婦・家族の生活秩序を法によつて破壊するものというべきである。国家は、個人の尊厳・夫婦の協力・扶助・家庭生活の円滑を推進・擁護すべき義務があるにもかかわらず、右制度はこれらに対する国家自身による妨害行為であり、憲法第二四条、民法第七五二条の趣旨に反することが明らかである。

(四) 憲法第三〇条及び第八四条違反について

資産所得の合算課税制度は、資産所得は名義変更が容易であり、単なる名義変更により所得税負担を不当に軽減することが考えられるので、このような租税回避行為を封じるために設けられたものと解され、実質課税の原則を確認するものというべきところ、法第九六条ないし第一〇一条には必ずしもその旨規定されておらず、生計を一にする一定範囲の親族に資産所得があれば、それが名義の分散であるか否か、租税回避行為であるか否かにかかわらず、すべて同規定が適用されるかのような不明確な条文となつており、解釈上疑義がある。

ところで、憲法第三〇条、第八四条の規定する租税法律主義の原則は、祖税要件について、できる限り厳格、詳細、明確に、しかも疑義を許さず一義的に規定されなければならないことを要請しているから、前記法の規定は右憲法の規定に違反する。

2  法第九六条ないし第一〇一条の規定は、前記1(四)の資産所得の合算課税制度が設けられた趣旨に適合するよう厳格に解釈されねばならず、名義の分散による租税回避行為があつた場合にのみ適用されるものと解すべきところ、原告本原幸の本件係争年分の資産所得は、同原告が亡父から相続した株式の配当金であり、それは同原告自身の固有の資産であつて、名義の分散、租税回避行為によるものではないし、夫たる原告本原和満の支配の及ぶ所得ではなく、自由に処分のできる所得でもない。

したがつて、本件は法第九六条ないし第一〇一条の規定を適用すべき場合に該当しないから、同規定を適用してされた本件各更正は違憲であるか法令の解釈を誤つた違法がある。

なお、資産所得の合算課税制度は、担税力に応じた公平な負担を実現するための制度であるとの論があるが、担税力なる抽象的な概念で憲法で保障された基本的人権が制限され得るかは極めて疑問であるし、担税力に応じた公平な負担は各種所得を算出するうえでの経費や各種控除制度によつてはかられるべきものである。また資産所得に限つて合算されることの合理的な説明にならない。結局右制度の趣旨は前述のとおり所得分散の回避にあると考えるべきである。

3  原告本原和満の総所得金額のうちには資産所得の金額を有しないから、以下に述べるとおり、同原告は法第九六条第三号の「主たる所有者」に該当せず、したがつて、原告本原幸も同条第四号の「合算対象世帯員」に該当しないから、資産所得の合算課税を行つた本件各更生は、同条の解釈を誤つた違法がある。

すなわち、法第九六条第三号は「主たる所得者」の用語の意義につき三段階にわけて規定しているが、そのいずれの段階においても、「主たる所得者」はその総所得金額のうちに必ず資産所得の金額を含み有するものとされている。

(一) その第一段階として、法第九六条第三号は「主たる所得者」の用語の意義につき、「次条第一項に規定する親族のうち、総所得金額から資産所得の金額を控除した金額が最も大きい者をいい」(以下「前段」という。)と規定しているところ、その者の総所得金額に資産所得の金額を含まない場合は、「総所得金額から資産所得の金額を控除した金額」を求めることは不可能であるから、「主たる所得者」になり得る者の総所得金額には、必ず資産所得の金額を含まなければならないと解すべきである。仮に、零が資産所得の金額になり得たとしても、総所得金額から零を控除してもしなくても、その結果は同一であるから、「資産所得の金額を控除した」にいう「控除」は意義を失うことになり、法の趣旨に反する。

また、法は「次条第一項に規定する親族のうち」「総所得金額から資産所得の金額を控除し」得るものから「控除した金額が最も大きい者を」「主たる所得者」としているのであるから、「総所得金額から資産所得の金額を控除しなかつた者」は同規定の範囲外の者となり、これを「主たる所得者」に該当するとすることは全く法の定めないところである。

(二) その第二段階として、法第九六条第三号は「当該控除した金額のある者がいないときは、資産所得の金額が最も大きい者をいい」(以下「中段」という。)と規定しているから、この場合「主たる所得者」はその総所得金額にそれと同額の資産所得の金額を含み有することがわかる。

また右中段の「当該控除」は前段の「控除」と同一の内容を有することが明らかであるところ、中段の「控除」は「総所得金額から資産所得の金額を控除した」場合に限られるのに対し、前段の「控除」について「総所得金額から資産所得の金額を控除しない場合」も含むと解することは法の規定するところと矛盾する。

(三) その第三段階として、法第九六条第三号は「これらの最も大きい者が二人以上あるときは、政令で定める者をいう」(以下「後段」という。)とし、これをうけて規定された所得税法施行令(以下「施行令」という。)第二二八条の規定も、「主たる所得者」は常にその総所得金額のうちに資産所得の金額を含み有している者としていることが明らかである。

第三、請求の原因に対する認否及び被告の主張

一、請求の原因一の事実は認める。同二のうち、原告本原幸が原告本原和満の妻であること、原告本原幸の本件係争年分の資産所得は、同原告が亡父から相続した株式の配当金であることは認めるが、その余の主張はすべて争う。

二、被告の主張

1  本件各更正の根拠は、次のとおりである。

原告本原和満及び同本原幸は、生計を一にする夫と妻であり、原告本原和満の総所得金額のうちには資産所得の金額がなく、原告本原幸の総所得金額は資産所得の金額のみであるから、原告本原和満は、法第九六条第三号前段に規定する主たる所得者であり、原告本原幸は、同条第四号に規定する合算対象世帯員である。したがつて、原告らの納付すべき税額は、主たる所得者である原告本原和満の総所得金額三二〇万六、五〇六円と合算対象世帯員である原告本原幸の資産所得の金額三四〇万七、二五〇円の合計額六六一万三、七五六円を基として法第九八条第一項第一号、同条第二項第一号に定めるところによりそれぞれ計算された額である。

2  資産所得合算課税制度の立法趣旨について

原告らは、資産所得合算課税制度に関する法第九六条ないし第一〇一条の規定は、課税回避行為防止のみを目的とした注意的規定にすぎず、いわゆる実質所得者課税の原則を規定したものと解すべきであるから、その解釈は右趣旨に適合するよう制限的にされるべきであると主張するが、右制度の趣旨は原告らの主張するごとく一義的ではなく、専ら税負担に生ずる著しい差異を排除し、担税力に応じた公平な税負担を実現するために設けられたものである。

すなわち、資産所得合算課税制度が個人単位課税方式の例外として制定された理由は、〈1〉資産所得は比較的永久的かつ確定的である。〈2〉資産所得の受領者は、総所得を追加労働により高める可能性をもつている。〈3〉更にこの種の人々は、災害等不時のために備える必要はないが、勤労所得の場合はその所得から不時の備えのために貯蓄をしなければならない。〈4〉資産所得は、受領者の死亡後も継続する。〈5〉資産所得は、その性質上名義分散により税負担の軽減をはかることが容易である。〈6〉一家族の消費支出は、全家族員の結合した利益のために行われ、たまたま所得に対して法律上の管理権を有する者の利益のためにのみ或いは主としてその者の利益のために用いられない方が一般的である。との資産所得の特質及び消費単位としての世帯の特質を考慮した点に存するのである。したがつて、世帯員の中に資産所得者がいる場合には世帯単位に担税力を考える方が生活の実態に合致するのであるから、これを合算して累進税率を適用することによつて初めて担税力に応じた公平な税負担が実現であることとなる。

原告らは、担税力なる抽象的概念により憲法で保障された基本的人権が制限されるのは疑問である旨主張するが、担税力の観念は、租税理論の基本理念たる「租税負担の公平」の実現に当たり右「公平」の基準として認識されるに至つたものであり、何ら不明確なものではないし、「担税力に即した税負担の配分」という観念は、租税立法及び租税解釈適用上依拠すべき最も重要な準則として広く認められており、このことからも前記原告らの主張は失当である。

また、原告らは、担税力、公平な負担の問題は所得を算出する上での経費や各種控除制度の問題に解消される旨主張する。

しかしながら、経費については所得を得るために必要な支出であり、それ自体正味「所得」のマイナス的性質を有することから担税力をもたないこと及び基礎控除・扶養控除・配偶者控除及び医療費控除等の諸控除は人の所得のうち本人及び家族の最低限度の生活水準を維持するのに必要不可欠の所得部分は担税力をもたないものであるという観点から認められた制度であり、これらは「担税力に即した公平負担」の一具体化にすぎないのであるから、右制度をもつて「担税力に即した公平な負担」の理念がすべて実現されるというものではない。前記原告らの主張は失当である。

また、法は合算対象所得たる資産所得を利子所得、配当所得及び不動産所得に限定しているが、資産所得としてはこの他に山林所得、譲渡所得、雑所得中の非営業貸金の利子及び著作者以外の者の有する著作権の使用料等が考えられるところ、これらの所得は一時的、偶発的な所得であること、比較的事例の少い所得であること及び合算課税の方式を複雑にすることなどの理由により合算対象所得の範囲から除外されたものであるから、この点についても何ら不合理な点は存しない。

3  資産所得合算課税制度の合憲性について

資産所得の合算課税制度を定めた法第九六条ないし第一〇一条の規定は、前述のとおり課税単位を個人とする租税制度の根幹は崩すことなく、単に税額計算の特例として定めたものであり、租税の理念である応能負担の原則に照らし、きめの細かい配慮をした上で、極めて合理的に制定されたものである。したがつて、法第九六条ないし第一〇一条の規定は、立法府の裁量権の範囲を逸脱していないことは勿論、裁量権を濫用したものでもなく、適法かつ合憲的なものである。

(一) 憲法第一三条、第二四条及び第二九条違反の主張について

所得税の課税方式がどのようにあるべきかという問題は、もつぱら課税理論的見地から決定せらるべき問題である。もとより、一国の財産権に関する私法規定の態様を十分考慮に入れてなされるべきことはいうまでもない。しかしながら、必ずしも、私法規定と租税法の規定が論理必然的な意味において一体的なものでなければならないというものではない。

ところで、法第九六条ないし第一〇一条は、前述のとおり、資産所得は勤労所得に比べてより大きな担税力をもつこと及び世帯員の中に資産所得を有する者がある場合にはその世帯の担税力がそうでない世帯に比較して大きいことから担税力の測定単位としては個人よりも世帯の方がすぐれている点に着目し、しかも課税単位を個人とする制度を崩すことなく、当該個人の担税力に相応した税額を算出して公平な税負担を実現するべく規定されているものであり、また右各規定は、各世帯員に帰属する所得であることを否定するものではなく、単に各世帯員の負担すべき税額の計算に関する特例にすぎないものであり、手続上も各世帯員の所得として申告され、税額も各世帯員の負担すべきものとして納付されるのであり、また主たる所得者を常に夫又は妻に限定しているものではない。したがつて、右の課税方式は何ら個人の尊厳を規定した憲法の精神に反せず、憲法第一三条、第二四条及び第二九条に違反するものではない。

原告らが、同制度において一定範囲の親族について生計を一にする世帯を課税単位としていること及び同制度が適用されることにより結果的に納税額が増加するとの一面のみをとらえて、憲法第一三条、第二四条及び第二九条に違反すると主張するのは失当である。

(二) 憲法第一四条違反の主張について

法第九六条ないし第一〇一条の規定は、累進課税制度の下における応能負担の原則に合致し、合目的性を有し、かつ合理的であり、しかも両性の本質的平等に反していないから、憲法第一四条に違反するものではない。

(三) 憲法第三〇条及び第八四条違反の主張について

法第九六条ないし第一〇一条の規定は、担税力の測定単位はいかにあるべきかという所得税制の基本に関する問題を検討した上で制定されたものであり、資産所得それ自体が、世帯単位の課税に適合した性格をもつことから、担税力に応じた負担になると認めた上で右規定が設けられたものである。また、実質所得者課税の原則は、当該所得が世帯員のいずれに帰属するかに関する原則であつて、税額の計算上世帯員の所得を主たる所得者の所得とみなす以前に適用される原則であるから、合算課税の問題は本来実質所得者課税の原則によつて代用できない問題である。

原告らの違憲の主張は、原告らの独自の見解を前提としたものであり、理由がない。

4  法第九六条ないし第一〇一条の規定を適用したのは違憲ないし法令解釈の誤りであるとの主張について

法第九六条ないし第一〇一条の規定の目的は、課税回避防止に限られないから、原告らの主張は、独自の見解に基づくものであつて、理由がない。

5  原告本原和満は法第九六条第三号の「主たる所得者」に該当せず、したがつて原告本原幸は同条第四号の「合算対象世帯員」に該当しないとの主張について

(一) 法第九六条第三号に規定する総所得金額の意義は、法第二二条第二項に規定されているとおり同項第一号及び第二号に規定する各種所得の金額の合計額であるから、総所得金額に資産所得の金額を含む場合と含まない場合とがあることは、規定上からも当然である。

また、法第九六条第三号の「控除」というのは、単に総所得金額から資産所得の金額を差し引くことを意味内容とする計算方法を規定したにすぎないのであるから、法第九六条第三号前段は、総所得の金額に資産所得の金額を含み有する場合と、含み有しない場合との双方を当然に予定している。そして「主たる所得者」となるべき者が資産所得を有しない場合には、控除されるべき資産所得の金額が零となるにすぎないだけのことであつて、原告らが主張するように「総所得金額から資産所得の金額を控除しなかつた者」と読み替えなければならないというものではない。

(二) 同号中段は、前段によつて「主たる所得者」を判定できない場合、すなわち各世帯員の総所得金額が、資産所得の金額のみから成る場合には、資産所得の金額が大きい者をもつて「主たる所得者」とすることを規定しているにすぎず、右中段の規定から「主たる所得者」の総所得金額に必ず資産所得の金額を含み有するとの解釈は導き得ない。

(三) 施行令第二二八条の規定は、同条所定の場合における「主たる所得者」の判定方法の委任規定にすぎないから、これによつて法第九六条第三号前段の適用によつて判定される「主たる所得者」はその総所得金額のうちに資産所得の金額を含み有する場合でなければならないとの解釈を導くことがでさないことは明らかである。なお、本件においては、法第九六条第三号前段の規定の適用によつて「主たる所得者」が判定され、令第二二八条の規定は適用されないものであるから、右令の規定を前提とする原告らの主張は失当である。

(四) 更に、法第九六条第三号に規定する「総所得金額から資産所得の金額を控除した金額」とは、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。)第一一条の三第二項第二号に規定する「総所得金額中資産所得以外の所得の金額」と同義であり、資産所得合算課税制度の趣旨及び目的は右規定の文言改正により変わるものではないので、「主たる所得者」の総所得金額には常に資産所得の金額がなければならないということにはならず、原告らの主張は失当である。

6  以上のとおり本件各更正は適法であるので、これを前提とする本件各決定も適法である。

第四、被告の主張に対する原告らの認否

原告らが生計を一にする夫と妻であること、原告本原和満の総所得金額のうちには資産所得の金額がなく、原告本原幸の総所得金額は資産所得の金額のみであること及び法第九六条ないし第一〇一条を適用した場合の原告らの還付金の額に相当する税額が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の主張はすべて争う。

第五、証拠関係

被告は乙第一号証を提出し、原告らはその成立を認めた。

理由

一  請求原因一の事実(本件課税処分の経緯)並びに原告らが生計を一にする夫と妻であること、原告本原和満の総所得金額のうちには資産所得の金額がなく、原告本原幸の総所得金額は資産所得(同原告の亡父から相続した株式の配当金)の金額のみであること及び法第九六条ないし第一〇一条を適用した場合の原告らの各還付金の額に相当する税額が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二1  原告らは、本件各更正につき適用された法第九六条ないし第一〇一条の規定が憲法に違反すると主張する。

そこで、まず、これらの規定が設けられた趣旨について検討すると、わが国の所得税制は、個人を課税の単位として捉えてその所得に対して累進税率を適用することとしているのであるが、担税力に応じて所得税を負担するという見地からみると、一つの世帯に一人の所得者がある場合と二人の所得者がある場合とではその世帯の所得の総額が同額でも累進税率の構造上、所得税負担の総額は後者の方が前者よりかなり少額となることとなり、特に世帯員の中に資産所得者がいる場合には、このような所得税負担の差異は適当でなく、むしろ世帯単位に担税力を考える方が生活の実態に合致すること、及び資産所得は資産の名義の分割等により税負担の軽減を図ることが容易であるから、世帯を課税の単位とする方が課税の公平を図ることができることが指摘せられ、その解決のためには、資産所得についてはこれを合算して累進税率を適用する方が担税力に応じた公平な税負担が実現できるという理由に基づくものと解することができる。

以下、原告らの各違憲の主張につき判断する。

(一)  原告らは、法第九六条ないし第一〇一条の規定は憲法第一三条及び第二九条に違反すると主張ずる。

しかしながら、法第九六条ないし第一〇一条は、前記のような合理的な理由に基づき各世帯員の負担すべき税額の計算に関する特例を定めているものであつて、各世帯員に帰属する所得を否定するものではなく、いわんや一方の世帯員の所得を否定してこれを他方の所得とするものでないことはいうまでもない。

また法第九六条ないし第一〇一条の規定が適用されることにより結果的に税負担が重くなるとしても、前記のとおり、むしろ担税力に応じた公平な税負担を実現するための措置である以上、これをもつて憲法第一三条及び第二九条に違反するということはできない。よつて、原告らの右主張は理由がない。

(二)  原告らは、法第九六条ないし第一〇一条の規定は憲法第一四条に違反すると主張する。

しかしながら、法第九六条ないし第一〇一条の規定の適用を受ける場合には、その適用を受けない場合より多額の所得税を負担することとなつたとしても、それは担税力に応じた公平な税負担を実現するための制度を適用した結果であつて、右の差別は合理的な理由に基づくものであるから、憲法第一四条に反するとはいえない。よつて、原告らの右主張は理由がない。

(三)  原告らは、法第九六条ないし第一〇一条の規定は憲法第二四条に違反すると主張する。

しかしながら、法第九六条ないし第一〇一条の規定が法第九七条第一項各号所定の親族のうち、「生計を一にする」ものに限つて適用するとされている趣旨は、前記のとおり、生計を一にする世帯員中に資産所得者がある場合には担税力が大であることに着眼し、担税力に応じた公平な税負担を実現するためであつて、合理的理由を有するものである。したがつて、同規定の適用によつて結果的に税負担が重くなるとしても、これによつて生活秩序が破壊されるとか、家庭生活の円滑に対する国家自身による妨害行為とかいうことはできず、右規定は憲法第二四条に違反するということはできない。よつて原告らの右主張は理由がない。

(四)  原告らは、法第九六条ないし第一〇一条の規定は、租税回避行為を封じるために設けられたものと解され、実質課税の原則を確認するものというべきところ、同条項には必ずしもその旨規定されておらず、不明確な条文となつており、憲法第三〇条及び第八四条に違反すると主張する。

しかしながら、法第九六条ないし第一〇一条の規定の趣旨は前述したとおりであつて、租税回避行為を防止するためにのみ規定されているものではなく、これらの規定が原告らの主張するように不明確であるとは到底いえない。原告らの右主張は独自の見解を前提とするものであつて採用できない。

2  原告らは、法第九六条ないし第一〇一条の規定は名義の分散による租税回避行為があつた場合にのみ適用されるべきであると主張する。

しかしながら、法第九六条ないし第一〇一条の規定の趣旨は先に述べたとおりであつて、租税回避行為を防止するためにのみ規定されているものではなく、また、租税回避行為が存在する場合にのみ適用されるものでないことも文理上明らかである。よつて原告らの右主張は、その前提において理由がない。

3  原告らは、法第九六条第三号の前段及び中段並びにその後段をうけての施行令第二二八条の各規定からすると、「主たる所得者」になりうる者は、その総所得金額に必ず資産所得の金額を含むものでなければならないから、原告本原和満は主たる所得者に該当せず、したがつて原告本原幸は合算対象世帯員に該当しないと主張する。

しかしながら、同号にいう総所得金額とは法第二二条第二項第一号第二号に規定する各種所得金額の合計額であるから、総所得金額中に法第九六条第一号に規定する資産所得の金額を含む場合と含まない場合のあることは当然である。したがつて、同条第三号の総所得金額には、資産所得の金額を含む場合と含まない場合の双方を予定していることは明らかである。

原告らは、右のように解すると、同条第三号の「総所得金額から資産所得の金額を控除した金額」を求めることが不可能であると主張するけれども、資産所得の金額を有しない場合は控除額が零となるにすぎないから、右主張は理由がない。

また原告らは、右のように控除額を零とすると、「控除」はその意義を失い、また「総所得金額から資産所得の金額を控除しなかつた者」が「主たる所得者」に該当するとすることとなるから、法に反する旨主張する。

しかしながら、右「控除」というのは、総所得金額から資産所得の金額を差し引くことを意味内容とする計算方法を示すものにほかならず、資産所得の金額が零の場合であつても、「総所得金額から資産所得の金額を控除した」者に該当すると解して妨げないから、右原告らの主張は失当である。

もつとも同号中段の「当該控除した金額のある者がいないときは、資産所得の金額が最も大きい者をいい」との規定及び施行令第二二八条の規定からすれば、これらによつて「主たる所得者」を判定する場合には「主たる所得者」は、必ず総所得金額のうちに資産所得の金額を含み有する者となることが、右各規定から明らかであるが、これらは、法第九六条第三号前段の規定によつて「主たる所得者」を判定し得ない場合に、これを判定するための規定であるから、これらの規定から、右前段によつて判定する場合も含めて、常に「主たる所得者」は、その総所得金額のうちに資産所得の金額を含み有する者であるとの解釈を導くことはできない。

よつて、原告らの主張は理由がない。

三  以上のとおり、本件各更正には原告ら主張の違法はなく、これを前提とする本件各決定にも違法はない。

よつて、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 三好達 裁判官 菅原晴郎 裁判官 山崎敏充)

別表

一、原告本原和満に対する課税処分の経緯

〈省略〉

なお、確定申告に係る還付金の額に相当する税額は、予定納税額第一期分三万七、〇〇〇円、第二期分三万七、〇〇〇円があるので、三二万一、二七六円となり、更正に係る還付金の額に相当する税額は二七万〇、七六七円となる。

二、原告本原幸に対する課税処分の経緯

〈省略〉

(注) △印の金額は、還付金の額に相当する税額である。

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